上をむいて咲くオオデマリと下向きに咲くスノーボールの白い花
そろそろ咲き終わりが近づいています
◎28日(水)の朝日新聞の「天声人語」に5月に生誕100年を迎える早世の詩人竹内浩三が取り上げられていました。そういえば、大正10年生まれで母と同い年でしたので今年は100歳です。生誕100年、百寿の節目に竹内浩三さんの詩をまた読んでみようと思います。
「天声人語」の出だしは、<戦死やあわれ 兵隊の死ぬるや あわれ>でした。詩人は1945年4月、フィリピン・ルソン島で命を落とし、死後10年を過ぎてから遺族が私家版の詩集『愚の旗』を出版し世に知られる存在に。
「竹内浩三という”戦没の詩人”がいる。」稲泉連 - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ (hatenablog.com)
「戦前生まれの遺言」と「戦没詩人竹内浩三」と”抑止力強化は愚の骨頂” - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ (hatenablog.com)
◎「天声人語」では詩人が「もし今SNSの時代に生きていたなら」と想像しています:
▼<日本よ オレの国よ オレにはお前が見えない>。今世紀に入って発見された詩の冒頭である。単純な愛国青年であるはずもないが、いわゆる反戦詩人の枠にも収まらない。「赤紙」の時代を生きた若者の気持ちの揺れをありありと伝える▼もし彼がSNS全盛のいま世にありせば、と想像した。時代の風はとらえても、飾らず、背伸びせず、同調圧力にも屈しない。20代前半ならではの本音を鮮やかにツィートし、きっと盛大にバズっていたことだろう。
◎以前に詩を取り上げたブログから引用です。
最初に「日本が見えない」。昭和20(1945)年の8月以前に亡くなっていますので、戦後の日本を知らないはずですが、「オレは日本に帰ってきた」のに「オレの日本はなくなった。オレの日本が見えない」と詠まれた『日本』。予言者みたいです:
ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死 (中公文庫)
- 作者: 稲泉連
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/07/01
- メディア: 文庫
- 購入: 2人 クリック: 10回
- この商品を含むブログ (13件) を見る
「日本が見えない」
この空気
この音
オレは日本に帰ってきた
帰ってきた
オレの日本に帰ってきた
でも
オレには日本が見えない
空気がサクレツしていた
軍靴がテントウしていた
その時
オレの目の前で大地がわれた
まっ黒なオレの眼奬が空間に
とびちった
オレは光素(エーテル)を失って
テントウした
日本よ
オレの国よ
オレにはお前がみえない
一体オレは本当に日本に帰ってきているのか
なんにもみえない
オレの日本はなくなった
オレの日本がみえない
◎骨となって故国へ帰ってはきたけれど、骨は骨として崇められはすれど、顧みられず、骨は粉となって吹き飛び、故国は発展に忙しかった・・・どうしてこんなに正確に戦後を言い当てることができたのでしょう・・・
「骨のうたう」
戦死やあはれ
兵隊の死ぬるやあはれ
とほい他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や
苔いぢらしや あはれや兵隊の死ぬるや
こらへきれないさびしさや
なかず 咆えず ひたすら 銃を持つ
白い箱にて 故国をながめる
音もなく なにもない 骨
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらひ
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨は骨 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
それはなかった
がらがらどんどん事務と常識が流れていた
骨は骨として崇められた
骨は チンチン音を立てて粉になった
ああ 戦死やあはれ
故国の風は 骨を吹きとばした
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった
なんにもないところで
骨は なんにもなしになった
◎「どうか人なみにいくさができるように」と綴る詩人の真情は・・・
「ぼくもいくさに征くのだけれど」
街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし かったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた
◎竹内浩三死後76年経った日本ですが・・・
スノーボールとクレマチス(和名テッセン/鉄線)