日本学術会議の記者会見と『百寿の銀杯』と水木しげるさん

 
 
 
安全保障関連法に反対する学者の会
 
@anpogakusya
学者の会による「あらためて日本学術会議会員候補者6名の任命を求める声明」発表記者会見@学士会館、始まりました。 登壇者は、広渡清吾、大沢真理佐藤学高山佳奈子、久保亨氏の5名(学者の会呼びかけ人)です。
 

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◎昨日は初めて隣の実家の宅配ボックスの鍵を開けました。母宛に郵便局からかさばる物が届きました。国から百寿のお祝い品が届いていました。実は先日母の入居しているホームのスタッフさんから電話があって百寿のお祝いが国から届いているがということで、私から市の高齢福祉課へ連絡するようにということでした。

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◎中に入っていたのは筒に入った賞状と木箱に入った銀杯。

亡き父に5年前に届いた銀杯と一緒に記念撮影です。

父の賞状は、”安倍晋三”だったのですね。

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◎昨日、郵便局に用があって外に出たら、ランドセルにマスク姿の女の子が歩いてくるので、直ぐ玄関に置いていたベルマークの袋を取りに戻りました。声をかけて、お願いすることに。学年とお名前を聞くと4年生のMさんとか。「子ども110番」で毎年5月に顔合わせがあって、集まった子供たちの中にMさんもいたはず。コロナで会えなくなって2年分のベルマークがたまったので学校で先生に渡してとお願いしました。

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◎芦原公園を通り抜けることに。

生涯学習センターのガラスに団地の給水塔が映っている広場。
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◎葦のモニュメントが西日に光る。風が強いのを表すような空。

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◎女の子と別れた先に、珍しい人が。ご近所の2学年下だったOさん、目と背格好だけでなんとなく「あれ、Aさん?Oさんね」と小学校の旧姓と2つの名前で確認。「そうです、Aです」とOさんも旧姓で。それから辻まで歩きながら話すことに。あれは何年前だったか、もう10年以上前、私が民生委員を辞める時、引き受け手を探す時に一度声を掛けたことがありました。Oさんは既にボランティアで色々活動されているようでした。

コロナでこんな風だけど、私たちは日本の戦後、戦争のことも、一時は世界でもびっくりするような経済成長を遂げた時代も、そして今のこの凋落の時代も知っている世代だから、そういうことを次の世代、孫に伝えていかないと、と仰っていました。

なぜだか、戦争の話になって、そうそう、父が102歳まで生きたという話で、私が「戦争で生き残った者は長生きね」と言ったら、「戦争で亡くなった人の分まで長生きなさったのね」と言われたことからでした。彼女の夫のオジサンに当たる方もシベリア帰りで長命で、生き残って日本に帰るためには仲間を裏切ったこともあると話しておられたそうです。そういう生の話を聞ける最後の世代ね、私たちはという話からでした。

コロナで外出できないぐらい、なんでもないとも。そういえば、もうすぐ100歳になる母も、私が「寂しくなったらいつでも帰ってきていいよ」と言ったら、「戦争中、豊中で乳飲み子を抱えて二人で空襲を耐えてきたのだから」とすぐ返されました。

「市役所から来ましたよ私にも」と仰るOさん、そうか昭和21年生まれと仰ったので75歳の「後期高齢者ね」と私。子どもたちの世話にならないで毎日生かされていることに感謝してしっかり生きて、1か月ほど病んで、子どもたちにお別れの覚悟と時間を与えて死ぬのが理想とか。垣根のYさん宅の角で立ち話でしたが、じゃ、と左右に別れました。

🔲従軍体験のある漫画家、戦争で片腕を失っておられましたね、水木しげるさんの戦争について書かれた構想ノートが見つかったそうです:

 
 
 
先日、読売新聞夕刊社会面にも記事が出ました。

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