奈良で同窓会

◎学生時代の仲間5人揃って会うのは何年振りでしょうか。コロナ以前から、東京のNさんは高齢の自分の母親と義理の母親と二人、彼女曰く、”両手にババ様”状態でしたので、大阪へ来ることは叶わずでした。それで、在阪の4人で会っていた最後がいつだったか? 7年程前ぐらいかな…それとも10年は経ったかも。18歳の時に出会ってから60年以上のお付き合いです。(ところが、一番遠方の東京のNさんとは昨年秋、東北ドライブの途中、東京のご自宅を車で訪ねて、その後近くのレストランで昼食を共にしています)お天気も良くなって遠出にはピッタリのお出かけ日和になりました。

面倒見の良いmwengeさんがラインで経路を知らせて下さっていたので、それをメモしてICOCAを持って出かけました。メモとICOCAのお陰で本当にスムーズに行けました。一人でこんなに乗り換えて行けるかな~と思うぐらい乗り継ぎました。

阪急電車箕面9:50-大阪(梅田)10:14

JR環状線(京橋方面天王寺行)大阪10:25-鶴橋10:41

近鉄奈良線快速急行の奈良行)鶴橋10:50ー大和西大寺11:14

近鉄京都線(新田辺行)大和西大寺11:17-高の原11:22

駅前は高架橋になっていて橋を降りると広場。京都駅で待ち合わせて来られた東京のNさんと京都のmwengeさんと、鶴橋で会えなくて、一電車遅れて(自宅の夫のところに電話が入っていたのが後で分かりました)来られた八尾のAさんとも合流。4人揃いました。地元奈良のWさんが妹さんの運転で来られるのを待つことに。

数年前のお正月過ぎに脳梗塞で倒れ、右半身不随になって闘病生活を過ごしたWさんに私たちが会うのは初めて。手紙や葉書のやり取りと電話で話してはいますが、会うのは初めてですので、Nさんも早く元気な姿を確認したいと仰って、私たち4人待ち構える所へ、一台の小型車が。手を振ってる様子が見えました。ご本人到着。お顔は元気そう! すぐ二人が後部座席に乗り込んで、後の二人はタクシーで。早速、予約していただいているというレストランへ直行です。

手配はmwengeさんがWさん姉妹と連絡を取ってやってくださっていました。積水ハウスの建物の中にある社員食堂でもあるレストランだそうです。席について、私は地元のお菓子屋さんの期間限定チョコレート菓子を準備していたのでお渡しして、それぞれのお土産を戴きました。Wさんからはお約束の本と、mwengeさんからはお得意の和布で作った袋、今回は大袋を収める小袋付きです。

和食のランチセットと食後のコーヒーを戴いて、記念写真を撮ったり、その後、W姉妹お薦めの喫茶店へ移動、2時ごろからコーヒーとケーキでお喋り。4時ごろ、帰りの新幹線の時間が迫ったというので京都組お二人が妹さんの運転で駅まで。残った私たち3人はお喋り。5時ごろ、妹さんの運転で学園前まで。途中、Wさんの自宅の横の道を通りました。

登美ヶ丘と言う大きな住宅団地にWさん一家が移り住んだのは40年前。尼崎の地価の3分の1だったと妹さんが。アップダウンのキツイ住宅地が、かなり大きな敷地の家々で埋まっています。箕面は田舎だとつくづく思いました。奈良は大阪のベッドタウンとも言われますが、一戸建て住宅群の巨大団地です。

さて、Wさんが案内してくれた喫茶店「梨風庵」は、青い鉄の大きな門扉のある瀟洒な建物。駐車場の奥には馬酔木が満開。

階段とスロープで下ったところに椿の木に囲まれた入り口があります。中に入ると窓の外は眼下に水面が見えます。雁行して建っている奥のガラス窓の部屋にあるテーブルを2つ寄せて6人で座りました。とても素敵な喫茶店です。

アメリカと日本を行ったり来たりのAさんの話を聞いたり、Wさん姉妹の暮らしを聞いたり。Wさんの妹さんはコーラスのメンバー。姫路の合唱祭にも出演されて、日本のあちこちの合唱祭に遠征されている様子。尼崎時代の小学校や中高時代の友人たちとも交流があるそうで、皆さん助けてくれて有難いというお話でした。

学園前まで車で送ってもらって、帰りは鶴橋までAさんと二人。タップリお話が出来ました。たくさんお喋りして頭がすっきりしたというAさんに、アメリカでの生活を聞いたり、エッセイを是非書くように勧めたり。5人仲間の中でAさんは一人広島出身で下宿住まいでした。当時から未知の領域の友人として別格でした。卒業旅行で和歌山から三重県あたりまで旅行した57年前の話から、これから先20年の話まで。鶴橋の駅で別れて私は環状線で大阪へ出て、阪急宝塚線の石橋で乗り換えて箕面まで。駅に着いたのは6時半。足元は雨が降ったのか濡れていました。奈良はあんなに良いお天気だったのに・・・

Wさんの妹さんとは初対面。いつもお姉さんに電話すると妹のT子さんが出られて、まだ言葉が不自由な頃はお姉さんの通訳でしたが、最近は二人でお話されるので電話は3人で話すことに。とってもバイタリティのある、明るい方で、仲良し姉妹。お姉さんの介護をされているのですが、介護だと思ったことがないとも。高校の同窓生のNさんも安心と仰っていましたが、本当に安心でした。

今度5人で会えるのは何時だろうか。これからは毎年のように会えるのだろうか。そういえば、Wさんと、どんなに生きてもあと20年、だから?どう生きる?って話になりかけたのでした。夫は、好きなことだけして生きろといいますが・・・

駅から歩いて帰ると、夫がパスタを準備中、とても助かりました。大阪の北から奈良まで、時間がかかりましたが、旧友との数年の空白を取り戻せた良き1日でした。