映画『ゲバルトの杜~彼は早稲田で死んだ~』とNHK「安保闘争 燃え盛った政治の季節ー映像の世紀バタフライエフェクト」

内田樹氏がリポストした『日本中学生新聞』くんのツィート。中学生くんの「正義の暴走」、内田樹氏の「正義の暴力」が、「革命と言う名のもとで暴力を正当化し私利私欲を満たそうとした人たちの失敗」と言い切る清々しさが、とても眩しく羨ましいくらい。私は、あの人たちにもそれなりの理屈があったのでは…と思えて、あるいは、思いたくて、『私利私欲』と言い切ることが出来ません。

日本中学生新聞さん、ありがとうございます。『ゲバルトの杜 〜彼は早稲田で死んだ〜』はやはり当事者世代のシニアが多いですが、20~30代も目立ちます。約50年前の日本の悲劇についての映画ですが、おっしゃる通り、今世界の様々なところで起こっている“正義の暴力”と繋がるような作品でもあります。
映画『ゲバルトの杜 〜彼は早稲田で死んだ〜』
革命という名のもとで暴力を正当化し、私利私欲を満たそうとした人たちの失敗。 世界中に正義の暴走は今もまだ続いている。
 
代島治彦監督・樋田毅さん(原案本『彼は早稲田で死んだ』著者)と第七藝術劇場にて

●60年安保闘争と言えば、「国会をはだし(歯出し)で歩く人だ~れ?」という謎々クイズが流行ったほど、岸首相の評判は悪く、学生だけでなく世間は反対が大多数という雰囲気がありました。中でも先頭で体を張って闘っている『全学連』は、政治に少しでも関心のある高校生には一寸した崇敬の念すらあったと思います。ですから、委員長の唐牛健太郎の名前はよく覚えています。

今回、番組の中で、北大生だったことや穏やかな人柄が分る映像を見たり、47歳で亡くなったことなどを初めて知りました。また、安保反対闘争の唯一の犠牲者、樺美智子さんの両親の言葉、デモで逮捕されてその場にいなかった唐牛健太郎委員長が指揮していたら…という言葉もありました。

一方、その10年後の70年安保では、戦争を知らない戦後生まれのベビーブーマーたちが、今度は武装して、ヘルメットをかぶり、手には長い角材のゲバ棒、火炎瓶を投げる闘争に。その結果、市民の共感は得られず、国民の支持を失っていきました。

1968年10月21日の新宿騒乱事件。国際反戦デーのこの日、新左翼と呼ばれた学生たちが米軍の燃料タンク車の通過を阻止するため駅に集まり、そこに一般市民も加わり、群衆は数万に膨れ投石や放火など暴動にエスカレート。その頃、東大全共闘が組織され、大学当局と対立、そこに他大学の新左翼の学生が加わり、活動は激化。

1969年1月18日、安田講堂に立てこもった学生とその学生を排除するために送りこまれた機動隊との凄まじい攻防。これを見て、「君たちはどう生きるか」の著者である吉野源三郎氏の言葉が紹介されます:

機動隊の若者も、これに投石する学生も、共に日本の青年であることが私には辛かった。機動隊の若者たちは、その出身階級から言えば東大の学生たちに比べて、言うまでもなく下積みの階級に属している。学生たちがいま石を投げ火炎瓶を投げて、下積みの運命にある若者たちを傷つけ、若者たちは棍棒をふるって、その学生たちに襲い掛かっている。学生たちが対決すると称した権力は、これによって微動もしないテレビの実況は痛ましいアイロニー(皮肉)を見せていた

●60年安保闘争は、丁度私が16歳だったので高校一年生。そして、70年安保の前の年の69年3月30日に結婚、この日は「フランシーヌの場合」というプロテストソングに歌われる日となりました。(♪フランシーヌの場合は、余りにもお馬鹿さん、フランシーヌの場合は、余りにも淋しい。♪3月30日の日曜日、パリの朝に燃えた命ひとつ・・・)Bing 動画

安保条約は10年経てば見直して破棄できるというので、70年安保はチャンスだったのですが、学生運動は自滅? 代わりに? 大阪万博で日本中が湧きました。我が大阪の実家の母も親戚の上阪の際の宿屋のおかみになっており、私も静岡の職場の仲間二人を送りこんだり。「政治の季節」は終わりました。

NHKの「映像の世紀安保闘争」の番組のトップシーンは、永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九が歌った「上を向いて歩こう」でした。この歌は60年安保闘争の挫折を歌った歌。何度もデモに出かけた永六輔さんは、「本当に無残な気持ちで歩いて家へ帰るという繰り返し、そのくらい権力や暴力ってものがのし掛かってきた。まさに泣いてなんかいられないけど泣かずにいられない」とその時の気持ちを話しています。

「励ます歌のように受け取られているのは、大いなるカン違い」とも。この曲解というか、カン違いこそ、「(2つの安保の)政治の季節」を経た日本人が故意に政治的になることを避けてきたせいではないかと思います。だから、安保に繋がる沖縄の問題も無視しようとするのでは・・・

◎日本の学生運動が、あの「政治の季節」を経て衰退し消滅した(?)のは暴力に走ったからだと思ってきました。観るべき映画かも知れないけれど、あの暴力を観るのは辛いですね。

『ゲバルトの杜 ~彼は早稲田で死んだ~』公式ホームページ (gewalt-no-mori.com)

1950年生まれの池上彰さん、内田樹さん、そして1960年生まれの佐藤優さんも登場:

池上彰さん、佐藤優さんには日本の左翼史研究者として出演していただきました。内田樹さんは革マル派の友人を内ゲバで殺された当事者として石田英敬さんは目の前で友人二人を中核派に殺された当事者として、それぞれの「記憶の井戸」を掘らせてもらいました内田さんの闇には東大生の金築寛(ルビ/かねつきひろし)さんが、石田さんの闇には東大生の四宮俊治さんと富山隆さんが立っていました。