丸山真男「民主主義を求めて」(6)「永久革命としての民主主義」


昭和46年(1971年)東大を退官した後も丸山の思想活動は衰えなかった。退官翌年(1972年)に発表したのが「歴史意識の『古層』」。日本人の意識の底に独特の思考様式がある。それが繰り返し現われる。それを「古層」と名付けて明らかにしようとする。さらに丸山は日本各地のどんな小さな勉強会であろうとも足を運んだ。一般の人達を相手に日本について、民主主義について語り続けた。

川口重雄さん、「実際に行ってみると非常に熱心な読者がそれぞれの地域に、岩手県や長野県に非常にいる、と。それがやっぱり彼が次のところに行こうと突き動かしていったエネルギーになったと思いますね。だから、学問を大学のいわゆる『象牙の塔』の中だけで終わらせてはいけない。みんなが萌えあがるような、萌えるというのは緑が濃くなって、まさに植物が大きく育つ形で日本の民主主義が育ってほしいという思いをずっと持っておられたと思います。」
法政大学教授の山口二郎さん平成5年(1993年)、当時教鞭をとっていた北海道大学に丸山を招いた。「予想に反して朗らかで、とっつきやすい人だな〜と思いました。すごいおしゃべりで放っとくと幾らでも自分で話してまして、こう、丸山さんていうと知的な貴族主義みたいなイメージがありましたけど、全然そんな感じはしなかったですね。
丸山が語り掛けたのは「永久革命としての民主主義」。安保闘争直後に記した言葉だった。

山口さん「永久革命としての民主主義、あるいは憲法九条についても永久運動という言い方をしていまして、この世に完全な理想が実現することはない。そういう意味で丸山先生は単なる理想主義じゃないんです。
だけど、理想を掲げることに意味があるわけで、理想と現状を照らし合わせてみて、おかしな現状を批判するという意味で理想は必要なんだと。
おかしな現状を変えようとして一歩二歩前へ行くけど、理想は逃げ水と一緒で追いつくことはない。これも私にとっての丸山政治学のエッセンス・本質ですだから永久運動・永久革命という丸山さんの言葉があるおかげで、ちょっと落ち込んでもすぐ回復する、元気でいられるわけです。また、ここはオカシイと言い続けなきゃイケナイという力が出てきます。民主主義、民主政治に完成形態、フィニッシュはない


敗戦後50年を過ぎた平成7年、時代は大きな曲がり角を迎える。
平成7年(1995年)1月、阪神淡路大震災。2か月後、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生する。
日本は何処に行くのか。この年の暮れ、81歳の丸山が話をしていました。丸山、最後のスピーチです。

「何か日本はおかしいところがある。
やっぱり一番世間を騒がせたのはオウム真理教ですね。
ただあれが非常に変わったもの、 自分たちに縁が無い、
どうしてあんなのが生まれたのかと思う方が、
少なくないようですけど、私は他人(ひと)事とは思えません。
一言にしていえばですね、私の青春時代を思いますと

日本中がオウム真理教だったのではないか
そうすると非常によく思い当たる。
一歩日本の外に出れば、全然通じない理屈が
日本の中だけ堂々と通用する。
それ以外の議論は全然耳にもしないし問題にしない」(「丸山ゼミ有志の会」)

この時丸山は重い肝臓がんに侵されていた。
各界で活躍する教え子43名を前に40分間にわたって語り続けた。
丸山(テープの声)「最後に理屈を言いますならば、他者感覚のなさ.ということなんです。他者がいないんです。同じ仲間とばかり話していますから、その怖さです。
最後に申しあげたいことは、こうやって見回しても実に優秀な人が全く違った分野にいるでしょう。どうしてこういう人たちが横にもっと付き合い、もっと話しする機会を持たないのか。
皆さん、どうか横に付き合っていただき、違った職場の方々と。勿体ないです。」
この時、丸山の声を聞いた教え子の一人が福島県郡山に暮している。
郡山市長の品川萬里(まさと)さん。東大丸山ゼミで学んだ品川さんは今も丸山の言葉を重く受け止めている。
品川さん「私を介在するのではなくて、どうぞみなさんどんどん横につながって下さいと常に言っておられた。
一人一人の市民が主導権をもって自分の仕事をする、あるいはコミュニティの活動をする。一つの実際の中で行動することが丸山教授が言っておられた民主主義の一つの形じゃないか
と思って、それを僕は民主主義のひとつのモデルではないかと思って少しでも現実に活かしていきたい。
私の夢は市民お一人おひとりのやりたいことを実現するのが夢。それじゃリーダーではないじゃないかというご批判を受けるんですが、私は民主主義はそういうものではないかと・・」


平成8年(1996年)8月15日、丸山は82歳で亡くなった
戦後民主主義の出発点となった敗戦の日から51年後の8月15日でした。
今年は丸山の生誕から100年になる。東京都内で開いた生誕100年の記念講演会(3月22日)には400人近くが集まった。
他者感覚・永久革命としての民主主義
丸山の思想を新たな目で多くの人が見つめ直そうとしている。(つづく)