梅田スカイビルで「地球交響曲第八番」


先週の中ごろ、一緒に行く予定だった方からメールで行けなくなったと連絡が入って、私の方もわざわざ土日に梅田に出ることもないし、映画に行くくらいなら、今月末で期限が切れる肺炎の予防注射を済まさないと補助の期間切れになるし、という事で、やっと昨日の木曜日、梅田スカイビルのシネ・リーブル梅田へ出かけることに。丁度、この日から少し暖かくなるというので好都合です。両親にはドリップして淹れたコーヒーをポットごと渡して、少し早目に出かけることに。夫も誘ったのですが、神戸のチューリッヒ美術館展に行くと、この日は別行動。電車に乗ると、長めのブーツに皮のジャケットの上にコートのモコモコ厚着の方が向かいの席で汗を拭いて、取り出されたのが扇子!でした。目が合わないよう逸らすのに一苦労。


さて、梅田には余裕の時間に到着。そこで阪急百貨店のショーウィンドーが春向きに変わっているはずとまずそちらへ。春の野草が一杯でした。スゴイ量の花が使われています。最後の二つには上から花がつるされていました。ドライフラワーなのか生花なのか…それにしてもすごい量のお花です。
それからが少し迷いました。JRの大阪駅へ行った方が早いのか、それとも、阪急の茶屋町出口のあたりからの方が早いのか。結局、慣れた道の方が早いだろうと元に戻ることに。広い道路の歩道を歩くうちに、ウエスティンホテルが見えてきたので安心です。

辺りはここ数年工事中だったのが、完成しています。グランフロントと言うのは陸橋で結ばれたビルなんですね。そこを通って長い地下道の入り口にたどり着いて、これで大丈夫。地下道の上はJRの電車が走っていて、ここから見る大阪駅周辺のビル群は全く新しい景色でした。遠くから見ると2棟のビルが天辺で手をつないでいるように見えるスカイビルの中の映画館へ。ビルのふもとからは空中庭園に上る斜めのエスカレーターが見えます。
映画は、驚くほど少人数で観ました。終わってチラシを貰いに行ったら、女性の二人連れの方がパンフレットを買っています。今回の八番のパンフレットに今までのも載っているというので、私も買うことに。係の方が、今までのを全部上映しているところがありますとチラシを。お一人の方が「随分前に見たことがあったんだけど、まだ作ってたのね〜」と。「私も随分前にこの二番を見ました」とシリーズを列挙したチラシを指して言ったら、「私、初女(はつめ)さんのを見たの」と仰るので、「森のイスキアの初女さんですね」と私。「そう、そう、それ。こちらは、天川村で・・・」と、今見た映画に出ていた天川村です。背の高い方が「天川村へ偶々行ってたら、そこで丁度撮影されていて」と。「そうですか〜」となって、さっきの方が、「勿体ない」と。これには、私も「本当にね〜少人数で見るなんて勿体ない」と。「学校で見せたらいいのに」と天川村の方も。三人で、勿体ないで一致でした。
★映画はチラシの龍村仁監督の言葉どおり、樹の聖霊がテーマであり、もう一つのテーマは3・11以後ということです。
重要文化財の能面の写しを作ることになった能面打(のうめんうち)の見市泰男氏と、その面をつけて能を舞う人間国宝梅若玄祥氏。3・11の半年後奈良の天川村では山の崩落があり、天河大弁財天宮司の柿崎神酒之祐(みきのすけ)氏はその時の不気味な音ともうダメだという思いを語り、あらたな写しの能面をクスノキから切り出して奉納するまでの神事を見市氏と梅若氏を交えて執り行います。
☆次はヴァイオリニスト中澤きみ子さんとその夫でヴァイオリン製作者の中澤宗幸氏。”ヴァイオリンは音を出すのではなく声を出す。森の木は木陰で人を憩わせて、今度は楽器となって歌い人を喜ばせる”と語ります。イタリアの本場クレモナにも工房を持ち、世界の名だたるヴァイオリンの修理も手掛ける宗幸さんは、災害にあった木からチェロとヴィオラと二つのヴァイオリンを製作。一つは裏に一本松の絵が描かれているあの”津波ヴァイオリン”です。明治神宮できみ子さんも加わって4つの楽器の奉納演奏会が行われます。

☆三つめの主役は、畠山重篤氏と津波に船ごと突き刺さって九死に一生を得た三男の畠山信氏(一昨年京都大学でお話を聞いた方)です。「森は海の恋人」活動が紹介されますが、津波の話が生々しいです。パンフレットから:

 たまたま今回は生き残れましたけども。灯台の上が自分の目線で斜め下に見えたんですね。僕は「灯台が海の底にどんどん吸い込まれていっているんだ」と思っていたら、自分が上がっていたんですよね。よく知っている場所のはずなんですけど、全く違う別の星にいるんじゃないかという感覚に襲われました。五感も全開状態でした

父親の畠山重篤氏のお話:

 冬は、(漁師は)食べるものがないわけ。うちの親父は村田銃っていう弾が一発しか入ってない鉄砲を持っていて、犬を飼って、冬になると山へ行ってキジを撃ったり、それも大事なおかずだったわけです。
 私は親父と一緒について行ってましたから、山を見てたわけですよ。<略> ある時点から、雑木林がどんどん切られて、どんどん杉になっちゃったわけですよ。杉山行くとね、鳥もウサギもいないんですよ。鳥もウサギも。こりゃダメだと思いましたね。

津波の直後は生き物がいなくなり、一時は”海は死んだ”と思ったけど、底からひっくり返された海の中では有機物が上がってきて、やがて以前と同じように森から養分の鉄が来て活発な光合成が始まり、今では「牡蠣も食べきれないほどのプランクトンがいる」そうです。天災の場合、自然はこうやってかなりのスピードで再生可能なんですね〜


そして津波によって新たに貝塚が見つかって、そこから縄文土器が出てきた。でも今回も、津波はそこ(貝塚)までは来ていないとか。
震災後再開された「森は海の恋人」活動にやってきた子どもたちを前に畠山氏はあいさつの中で、英語訳にいい言葉が無く、今回美智子皇后さまからヒントを頂いた「Long for=慕う」という言葉を披露します。海は森を慕い、森は海を慕って、相思相愛の関係なんだと話します。

★映画は、これら三つの樹との関わりを、古来からの神事と祭りを通して、ふさわしかったり意外だったりの音楽を添えながら、龍村流に紡いでいきます。ナレーションは榎孝明と木内みどり。9人で見るには本当に勿体ない映画でした。
◎ヴァイオリン製作者の中澤宗幸さんが、コブだらけの樹齢何百年か何千年という巨大樹の前で語ります:「このコブは耳を当てても樹液の流れは聞こえません、死んでるんですね。死んで瘡蓋(かさぶた)となって中の生きた部分を守っています。この樹は生と死が一体となって生きています」。 一方で、「舞根(もうね)は天国のようなところですね」と言われて、津波で牡蠣養殖のすべてと母を亡くした畠山重篤氏も、「天国と地獄です」と答えます。
38億年の地球の歴史の中で生命を得た私たち・・・
宇宙船の窓から暗闇にポッカリ浮かぶ青い小さな宝石のような地球を見た宇宙飛行士は、皆同じように、”奇跡”だと思うそうです。そういう視点を与えられもする映画です。
龍村仁(たつむら・じん)監督:1940年宝塚市生まれ。京都大学文学部卒業後、NHK入局。主にフィルムドキュメンタリーを担当。1974年ATG映画『キャロル』製作・監督を機に退職、以後、インディペンデントディレクターとして、ドキュメンタリー、ドラマ、コマーシャルなどの数多くの作品を手掛ける。
★「シアターSPEC」(梅田イーストビル8階)で、「地球交響曲1番〜7番」まで、23日から4月一杯、ロングラン上映中です。