吉田修一著「国宝」/歌舞伎の名場面と映画化

◎唐池公園の近くのお宅のバラの花

一月前の4月の初め頃、吉田修一の小説「国宝」を読んでいました。「国宝」というのは、人間国宝のことで、小説の主人公、立花喜久雄が「九州の任侠の家に生まれながら、上方歌舞伎の大名跡の一門へ。極道と梨園。生い立ちも才能も違う俊介と出会い、若き二人は芸の道に青春を捧げていく」というお話です。

この小説、喜久雄を吉沢亮、俊介を横浜流星、李相日監督で映画化され、今年の3月から6月まで撮影だそうです。横浜流星さんは、6月からは来年の大河ドラマの撮影がスタートですので、今月いっぱいで撮影終了かな。

この小説、地の文が語り口調で書かれていて、とにかく読みやすくて、先へ先へと読み進む速度が尋常ではありません。余りのスピードに、私は2度目をわざとゆっくり読もうと努力して読むくらいでした。この小説が朝日新聞に掲載されていたと知って、勿体ないことをした、と、今は毎朝、湊かなえさんの新聞小説を読むようにしています。

ところで、この小説は歌舞伎俳優が主人公で、歌舞伎の演目が小説の中でも紹介されています。それで、私の数少ない歌舞伎観劇の舞台を思い出しました。当時のチラシのファイルを見てみたら、何回か、出かけていました。

年寄りの昔話になって長くなりそうですが、今から42,3年前、長男が小学校の4年生の頃、子ども会の役員の順番が回ってきました。そこで、役員にならなければ知り合うこともなかった地域のお母さん同士が知り合うことになりました。役員の1年間が終わって仲良くなったFさんやWさん5,6人で毎月決まった金額のお小遣いを貯めて、普段滅多に観られない演劇を見に行こうということになり、ノートを付けて、順番に会計にもなって、積み立てることになりました。そのおかげで、1万円を超える高額の観劇が叶いました。

その頃観たのが、ミュージカルのレ・ミゼラブル日本初演でした。ジャン・バルジャン滝田栄、ジャベールが加賀丈史でした。エポニーヌは島田果歩さん。これが1987年か88年。その10年後の1998年には、蜷川「マクベス」のロンドン凱旋公演や藤原竜也の「身毒丸」、と同時に、これは、きっとWさんのお薦めで、京都の南座や大阪の中座や松竹座の歌舞伎が入り、98年には玉三郎の「阿古屋」を見ています。

小説「国宝」の解説には作品の中で取り上げられた歌舞伎の演目の紹介があります。その中の2つを私は、観劇していました。チラシのファイルを取り出して確認。その時、Wさんのお薦めが無ければ無縁の歌舞伎の舞台でしたので、改めて、山口のWさんにラインでお話、小説「国宝」と映画化の話、そして歌舞伎とチラシの話をしました。Wさんもチラシは残しているよと仰っていて、懐かしいあの頃のお芝居のアレコレを話しました。来年、映画が完成して上映されたら教えて、バスで街まで出て必ず見るからということでした。

★さて、「国宝」の小説に出てくる歌舞伎で私たちが観たのは『菅原伝授手習鑑』ですが、場面(幕)が私たちの観たのとは違って「三段目『車引』」。私たちが京都の南座で観たのは「寺子屋」でした。

道眞から書道の極意を伝授され、今は寺子屋をいとなむ武部源蔵は、道眞の息子、菅秀才をかくまっていますが、敵方にそのことが露見してしまい、秀才の首を討てと迫られます。

その品の良さそうな子の顔を見て、「この子なら、身代わりになる」と源蔵は入学してきたばかりの子を、道真の息子の代わりに殺して松王丸に差し出すことにしたのでした。源蔵と戸浪は、今日寺入りしたばかりの子を、いかに菅秀才の身替りとはいえ命を奪わなければならぬとは…と、「せまじきものは宮仕え」という有名はセリフとともに涙に暮れるのでした。

実は、その子は松王丸自身の子どもであったという哀しいお話です。今なら、子どもの人権問題として大問題になるお話ですが。

★もう一つは、「『檀浦兜軍記』三段目『阿古屋』」

この印象は強烈で、今でもリアル。「玉三郎の阿古屋」で、傾城(遊女)阿古屋は恋人の行方を問われ、口を割らせるために難題の三曲(琴・三味線・胡弓)の演奏を求められます。衣装の帯の立体的な孔雀の刺繍?パッチワーク?が今でもまざまざと思い出せます。初演が平成9年、私たちが観たのは翌年の1998年、チケットによると1月8日でした。下の写真はネットでお借りした篠山紀信さん撮影の玉三郎さんの阿古屋。

頭の飾り物も、衣装も、重そうです。

「国宝」の最終場面は、この阿古屋を演じていた60代の喜久雄が歌舞伎座の舞台から客席に降り立ち、そのまま表に出て素足のまま打掛の裾を引きながら銀座の通りを歩いて行きます。黒澤明の映画「乱」で仲代達也が演じた役を思い出しました。

小説の歌舞伎の場面を文章で読みながら、かつて見た歌舞伎の舞台を思い出すという面白い体験が出来てとても不思議な4月でした。もし、あの頃、積み立て金で観劇なんてことをしていなければ、きっと歌舞伎の舞台など見るチャンスはなかったと思います。

さて、この映画、5月いっぱいで撮影が終わって、あとは監督さんの編集に入り、来年公開とのこと。女形歌舞伎俳優を二人の青年俳優がどんなふうに演じて見せてくれるのか・・・お二人は、去年の3月から日本舞踊の稽古を始めたそうです。小説では、歌舞伎の名場面とともに、艱難辛苦の数々、ジェットコースター並みのアップダウンのある人生が描かれていますので映画の完成が楽しみです。