土曜日の18日、朝の両親とのコーヒータイムを終わって、9時過ぎ出発。大津の夫の姉夫婦を訪ねてから加賀市に向かう予定。ところがお盆の週の週末で京都を抜けるのに渋滞。2時間以上もかかってお昼前に大津に。大きく引き伸ばした山の写真を持参した夫は写真の説明に余念がありません。お義兄さんは琵琶湖対岸に住む娘の子どもたちに毎週お花を教えています。池坊の本格的なお花のお師匠さんのお義兄さんは毎回教材に使うお花をスケッチブックに記録しておられます。見事なボタニカルアートです。その間にサッサとお昼の支度を済ませたお義姉さんに誘われて昼食をよばれました。食い逃げみたいにして大津を後に北陸自動車道を目指して名神を走ります。
←近江富士が見える湖北を離れ福井に通じる山越えの頃から雨がポツポツ。敦賀湾を一望できる名所杉津(すいず)の展望台→も雨模様。いつも今庄辺りが天気の変わり目。周りがお天気でも今庄辺りは雨か雪です。今回も今庄のトンネルを越えるとお天気になると言った通りになりました。
山代(やましろ)温泉の義弟宅に予弟通り到着。義弟の長男も週末で帰っていて、二人を乗っけてそのまま車で少し離れたお墓へ直行。こちらから持参したお花を活けて両親のお墓参りを済ませました。夕飯までの間にお湯の道具を用意してもらって、二人で街の総湯へ出かけました。「古総湯」という新しい建物が出来ていました。観光客用の掛け湯つかり湯専門の湯場で扇風機も置いていない夏は暑すぎて行かない方が良いというので、以前の吉野家(よしのや)の後に出来た総湯へ。不思議なことにここの温泉につかると冬は家までの道中も湯冷めすることはありませんし、夏はスッキリと汗が納まってしまいます。亡き義母と2〜4歳と0〜2歳の二人の息子たちを連れて毎日総湯へ通っていた道を辿って帰ることにしました。バブルがはじけて温泉街も寂れた感じになっています。
帰ったら、仕事を終えた義弟のお嫁さんも戻っていて、夕食を5人で。煮物の大きなノドグロとお刺身の盛り合わせが用意してあって、ご馳走でした。お米もお野菜も魚もさすが美味しい故郷です。そしていつも歓待してくれる義弟夫婦がいて、幸せなことです。ところで、今回は私にはとっても悩ましい問題が。翌日二日目は鞍掛山登山を誘われていて迷っていました。イタリア旅行を共にしたFさんご夫妻と夫が地元の山に登る計画を立てていました。結局、どちらとも決心できないでウォーキングシューズだけを車に乗せて来ました。行きたくない理由は沢山ありました。山登りは初めてだし、夏痩せ、しばらく箕面の滝までも行けてないことなどなど。義弟はこの暑いのに行くことないと、代わりに廬山人の旧居や魅力的なコースを予定してくれていました。それでかえって迷惑をかけることになるな…と思い切って行くことに。
19日(日)、朝8時半、Fさんご夫妻が車でお迎え、我々二人をピックアップしていざ鞍掛山へ。義弟のお嫁さんのM子さんは、私の丁度ひと回り下。そのM子さんは漁港の出身。Mさんの説明では、鞍掛山は船見山といって沖に出ている船が位置を確認するときに見る山で、加賀市と小松市にまたがった山。上り口は小松市側かな…と教えてくれましたがその通りでした。
半そで姿の私に「七分袖だけど(私が着ると)長袖になるから」と自分の綿の白いシャツと、帽子は麦わら帽子に首筋が隠れる布が付いた農作業帽みたいな可愛い帽子、それにリュックまで貸してくれました。義弟は「ダメだと思ったらいつでも携帯で電話を、すぐ迎えに行くから」と言ってくれ、皆に心配してもらって出かけました。駐車場ではもう一人、Fさんの知り合いも。この方は今年に入ってもう鞍掛山登山は50回という超ベテラン。F氏のストックと真新しい軍手を借りて出発。針葉樹を植林した登山道の入口からいよいよ山道を辿ります。
箕面の山とは違って、山自体は独立峰ですが、起伏にとんだ登り道がかなりの急こう配で続きます。松の根が階段状になっ個所や岩場もあり、ロープが付けてある所が2カ所。初心者の私が先頭です。後ろから夫の「もっとゆっくり」とか「小幅で」とか「休憩!」とかの声が飛びます。何カ所かある登り道の中から「西の谷登山道」を選んでくださったようですが、箕面の山(谷筋ではなくて)の数倍の困難さでした。急こう配がどこまで続くのかというところが何カ所もありました。
標高差350m、上り口の道標は1・4キロとありました。道は木に覆われて日陰が多く、尾根筋に出て風に当ると何とも言えない涼しい風! 船見平という小さな広場に出ると見晴らしがきいて素晴らしい眺めです。頂上まであと一息。その頂上、360度の展望が開けて青い空が広がります。富士写ヶ岳や大日山が見えました。白山は雲の中。双コブのもう一つは後山といって昼食を摂った後、荷物を置いて出かけました。木々の間から見えた江沼平野と日本海、そして空の美しかったこと。F氏持参のコッフェルで沸かしたお湯で淹れたコーヒーを頂きました。奥さんが勧めて下さったミニドーナツとよく合って食後の美味しいデザートでした。
下りは、「中ノ谷登山道」を下りました。きっと初心者の私に合わせて楽なコースを選んでくださったのでしょう。来た道を下るのは一寸無理でした。途中、脚がつってどうなる事かと思いましたが、夫が持っていた塩をなめると即治ったのには驚きました。その後はF氏の奥さんが先頭をゆっくり目に歩いてくださって、3分の1ほどは林道を小さな川沿いに下りました。猫の好きなマタタビを初めて見ました。山道には山帰来(さんきらい)や樫や椎や松の若芽が出ていたり、シダの艶やかな葉が目を楽しませてくれますし、名前のわからない山草が白やピンク、黄色の小さな花をつけています。元来た道に戻って駐車場のところで、山からの水で顔を洗いました。
さて、これから、車を飛ばして小松市の瀬領という温泉へ向かいます。せせらぎの里という温泉施設で頭も洗って、露天風呂にもつかり、無料休憩所で高校野球を見ながら男性陣を待って、アイスクリームを。山代温泉の実家へ向かう途中で超ベテランさんの軽トラは別の方角へ。私たちは着替えを置きに実家へ。M子さんが「私じゃなくて全自動が洗濯するから全部出して」と言ってくれるので汗でずくずくの衣類を全部渡してお任せすることに。財布と山の写真とアルバムを持ってもう一度車に。今度はFさんの大聖寺のお宅へ。5時半に予約してあるのでそれまで奥さん手作りのシソジュースやビールのおつまみにとサラダを出していただいて、夫の剣岳北方稜線の話を。私は少し休憩。
その後は、予約してあるお店に今度は奥さんのFさんの運転で。Fさんの弟さんが釣ったというイワナを料理してくれるお店で、弟さんも一緒にということで、5人で。元中学校の先生だったという弟さんのイワナ釣りや山菜取りのお話と、生涯一教師に生きて「教頭はキョトキョト、校長はコチョコチョしとる」と一切を公開前提でやってきたという名物教師のお話にビックリして聞きこんでしまいました。一見、元先生にはとても見えない自由人、生徒や父兄には人気があって信頼が篤かったというのもうなづけます。こういう先生を評価できない校長や教育委員会の方がおかしいと今の学校の問題が浮かんできます。この元先生が又「かっちゃま」(福井の勝山)という酒好きの男たちが開発した超レアもののお酒をお店に届けておられて、結局、飲みやすい美味しいと3人で一升開けてしまいました、それとともにお話が弾んだことは勿論です。
朝から夜まですっかりお世話になったF氏宅へ義弟が迎えに来てくれ、その夜は弟夫婦と4人でお喋り。義父が87歳で、義母が91歳で亡くなってから、夫はもう実家へ帰ることもないと一時は言っていたこともありましたが、二人は本当に立派に今も実家の役目を果たしてくれています。夫や私ではこうはいかなかったでしょう。朝は近くのお店で調達した新鮮な魚やサザエやナシ、ブドウを保冷箱に入れて持たせてくれました。義姉夫婦、義弟夫婦、F氏ご夫妻と皆に本当に良くして頂いて勿体ない位です。2年暮らした故郷は今も懐かしく温かく優しく包んでくれます。私に何が出来るかしら…と感謝しながら戻ってきました。
写真は、20日(月)の朝、加賀温泉駅近く、黄金色の稲穂越しに見る鞍掛山。雲が掛かっている山は前日見えなかった白山。
いつも見るだけだった鞍掛山へ登った記念すべき日の翌日です。もうすぐ稲刈りが始まるでしょう。