「ソーシャル・ネットワーク」と「大いなる幻影」

 昨日はアメリカ映画「ソーシャル・ネットワーク」を見てきました。
監督はデヴィッド・フィンチャーといってもよく知らない監督です。世界最大といわれるソーシャルネットワークサイトのフェイスブックFacebook)を創設したマーク・ザッカーバーグらを描いたものです。すでにゴールデングローブ賞、4部門を制覇、アカデミー賞にも・・・と評判の映画ですが、私は、フェイスブックって?ぐらいの興味から近くの映画館でやっているので出かけてみました。
出だしの恋人との長〜〜いシーンからビックリです。喧騒のなか、延々と猛スピードの回転でやり取りされる会話、最後に「あなたがモテないのはオタクだからじゃなくて性格のせいよ」と言われてフラれてしまいます。プライド高いマークは仕返しのつもりで得意のコンピューターを駆使して元彼女に嫌がらせをするのですが、色んな大学の女子学生の写真をハッキングしてパソコン上に載せ美人コンテストのようなことを仕掛けたり、そのサイトの名前がフェイスブックで現在の巨大ネットに発展するのだそうです。
全編それはもう巨大音量と早口の会話と目まぐるしく過去現在が入り混じりながら、マークを取巻く起業の過程、学生の生態、仲間、裏切り、訴えと弁護士、友情(?)、孤独、などが描かれていきます。見終わってみれば、これも現代の青春映画!?という感じです。
檸檬のひとり言」さんもブログで取り上げておられます:http://honenukijizo.blog114.fc2.com/

今日は、一転、1937年に製作されたフランスの白黒映画「大いなる幻影」を500円で観て来ました。
監督は「フランス映画の父、ジャン・ルノワール監督」で、その「最高傑作!」(チラシ)です。
内容は、1916年頃(第一次世界大戦中)、フランス軍の戦闘機がドイツ軍に撃墜され、マレシャル中尉(ジャン・ギャバン)とピエール・フレネー演じる大尉がドイツ軍収容所に送り込まれる。ドイツ人将校は二人を丁重にもてなすが、二人は収容所の中でも脱走計画を企てる。何回目かの脱走で大尉が時間稼ぎをしてくれたお陰でマレシャルはローゼンタールと一緒に脱走に成功する。この独人将校と死に逝く大尉の二人はまるでサムライというか戦国武将のようです。
ドイツ領の山の中の一軒家でマレシャルは相棒の足の治療を受けながらかくまわれる。戦争未亡人の美しいエルザと一人娘のロッテとの穏やかで幸せな擬似家族の生活が始まり、いつかマレシャルとエルザは愛し合うようにも。クリスマスが終わった頃、二人はエルザとも別れて、スイス領へ向けて脱走を続ける。しかし、無事帰り着いたところで二人を待っているのは戦争。「これを最後に、戦争なんて終わればいい」「・・・それは大いなる幻影だ」。
深い雪山の中、脱走兵を追ってドイツ兵の一群が二人を見つけ銃を構える。「撃つな! スイス領だ。幸運な奴らだ」。二つの人影が雪の中、画面上方へと向かって歩いていく姿を追って、映画は終わります。
チラシによりますと、「後にルノワールはこの作品を理由にナチスの占領軍によってブラックリストに載せられ、アメリカに亡命することになる。当時の日本でも、反戦的・反国家的という理由で公開されなかった。NY批評家協会賞外国映画賞、ヴェネチア国際映画祭芸術映画賞を受賞。」 そういえば、マレシャルが一緒に脱走に成功する相棒はユダヤ人でした。

監督のジャン・ルノワールは日本で大変人気のある印象派の画家オーギュスト・ルノワールの息子です。ところで、手元に一昨年、南仏にルノワールのアトリエを訪ねた時に手に入れた日本語版の「ルノワールのパレット」という本と、昨年、大阪のルノワール展で手に入れた子供向けの「愛と芸術の人生」というパンフレットがあります。パンフレットはオルセー美術館の日本語版のようです。そこに、画家ルノワールの3人の息子たちの絵が載っています。長男ピエールは有名な俳優、奥さんのヴェラは女優、二人の息子クロードは叔父さんで映画監督のジャンのもとで撮影監督をしていた(この映画でも)。右端は「縫い物をするジャン」。次男の映画監督ジャン6歳の絵、昔は男の子も髪を長くしていたそうです。

「絵を描くジャン」、「ガブリエルとジャン」、「芸術家の家族」(セーラー服は長男のピエール、帽子の女性が母アリーヌ、次男ジャンとメードのガブリエル、女の子は隣に住んでいた作家の娘、三男のクロードはまだ生まれていない)、右端は映画「ピクニック」(1936年)撮影中のジャン・ルノワール
パンフレットによりますと:<1894年9月15日に次男ジャンが生まれたパリの家は、モンマルトルの「霧の館」と呼ばれる地域にあった。赤ちゃんの大きさにみんなびっくり! ママ・アリーヌの田舎エソワ村からきた(お手伝いの)ガブリエルは、その日からジャンに夢中、かかりっきりだ。やがてジャンも学校に通い、高校を卒業して兵隊になる。だが、1914年に始まる第一次世界大戦は兄のピエールとジャンにとっては悪夢の時期だ。2人とも重傷を負って帰国。ジャンは治療しながら親子でいっぱい話したり、一緒に映画を見る時間をすごした。治って空軍に入るが、また大ケガをして、23歳のとき軍人になるのをあきらめる。南仏にある父のアトリエ=レ・コレットの家に引越し、そこで陶芸を始める。そして、父オーギュストのモデルの一人、17歳の美しいカトリーヌと出会う。> このカトリーヌと父が亡くなった後、結婚。この美しい奥さんを映画女優にしたくて映画を撮るようになります。